No.132『華氏451』

公開年:1966年
原作:レイ・ブラッドベリ
監督:フランソワ・トリュフォー
脚本:フランソワ・トリュフォー、ジャン=ルイ・リシャール
ジャンル:おインテリだわねえSF映画

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レトロおしゃれな映画特集その3。
芸術の秋ですから、たまにはちゃんとしたお前衛映画でも。

当ブログのラインナップにある前衛映画ってほぼ「前衛映画という名のキワモノ・やりすぎ・メケメケ映画」ですから、それに比べりゃ話もきちんとしてるし、演出もわかりやすいし、映像も撮影監督がニコラス・ローグの割にめくるめく前衛フラッシュバックの嵐じゃないしw
ちゃんとしてますよ。さすがフランソワ・トリュフォー監督作品。

爆裂な前衛・バカ映画をお求めの方には大人しすぎて物足りんでしょうが、60年代イギリスモダン映画好きとレトロフューチャーデザイン好きは押さえておいても損は無いです。
★予告編



古き良き映画劇場って感じの予告編。
映画のおインテリな雰囲気と若干違うかも。

★あらすじ(青字はネタバレあり

どこから見てもイギリスの地方都市だが近未来の話らしい。
世の中の人々は超テレビ漬けで、情報は政府推賞のテレビ番組で統制されており、読書は反社会的だから禁止されている。
要はディストピア社会であります。

主人公のモンターグ(オスカー・ウェルナー)はご禁制の本を見つけては燃やす係の消防士。
ショッカーみたいな黒の制服に身を包み、真っ赤な消防車で本ファイヤーに勤しんでる。専業主婦嫁(ジュリー・クリスティー)と郊外の住宅地で小無し2人暮らし。でもモノレールで通勤中に嫁似の小娘(ジュリー・クリスティーの二役)に鼻の下伸ばしてるような、普通に小市民な中年おっさんであります。

★平凡な暮らしだと隣の芝生は青く見えるもの

だがモンターグは平凡な暮らしに心中不満があり、主な要因はお定まりの「嫁と趣味が合わない」。

嫁は典型的なテレビ漬けおバカ主婦。
関西ではおなじみNHK大阪の、笑福亭仁鶴がまーるくおさめるバラエティ生活笑百科を教育テレビ仕様にしたつまんなさそーな番組を近所の奥様と熱心に見て、井戸端会議して、たまに倒れては救急隊員に謎の輸血治療をして、元気になれば急に夜のお勤めをさそう、平凡だが変な毎日送ってる。
なんかガツンと言ってやりたいんだが、言っても通じなさそうで難儀な嫁だ。

普通に幸せなはずなんだけど、心が微妙にすれ違う生活には、隣の芝生はやたら青くキラキラして見えるもの。
うちの嫁は死んだ魚の目してテレビ漬けなのに、毎朝出会う娘はなんて活き活きしてるんだ…と。

まぁありがちなリーマンおやじの悩みと憧れなんだが、ディストピア映画だから小娘の正体はご禁制の本を愛するレジスタンス組織の一員だ。
名前はクラリス。職業は小学校教師。
正義感あふれるクラリスは子供に色々教え過ぎて、他の教師にいじめられてクビになる。
荷物が花柄の風呂敷に包まれて自動的に廊下に出されるクビ方法はちょっと可愛い。

★消防署のイジメが地味で泣けるぜ

小娘に影響を受けたモンターグは、仕事でファイヤーしようとした本を1冊つい持ち帰り、自宅に隠して読んでしまう。(ちなみにディケンズの小説だった)
何だこれは!本とは何と素晴らしいんだっ!(キラキラ)
モンターグは小学生がスマホゲームにはまっていわゆるサルが何とかを覚えた状態になるがごとく本を読み耽り、当然嫁にバレる。
翌日出勤すると、何故か自分だけ消防署のポールが使えないイジメを受ける。
下の階に降りる時にシューとするアレです。
なんて地味なイジメだw泣ける。

消防隊のご禁制本ガサ入れはモンターグの済むブロックにも広がってきて、ある日街の外れに建ってるいかにもあやしいヴィクトリアンハウスで、お婆ちゃんが運営してる秘密の図書館もガサ入れをやられる。当然図書館の本は徹底的に召し上げられてゆく。

消防隊長のセリフが含蓄あって面白い。
「哲学の言ってる事なんか時代で変わるんだ。スカートの丈みたいにな」とかw
燃やす側にも彼らなりの信条があると分かるが、愛する本を灰にされた者の怒りは許し難く、お婆ちゃんはなんと本の山に自ら放火して焼身自殺してしまう。

ショックを受けたモンターグは暴走して、おバカ嫁と奥様軍団の前で本を読み上げる。
奥様はみんな何なのこの人?とお口ポカーン。が、ひとりの奥様が感極まって泣いてしまう。
「ひっどーい○○さんを泣かすなんてぇ」と奥様軍団は泣いた理由とか一切経慮せずに、みんなあんたの旦那が悪いのよ許せなーい!と嫁をカットアウト。極端だがママ友関係のあるあるシチュエーションですなw

で、ポツンになった嫁とモンターグはお決まりの夫婦喧嘩になる。
「あたしと本とどっちが大事なのよっ!」
詰め寄られた旦那が本を選んじゃったので嫁はキレて、旦那を消防署にチクり夜逃げする。

★本を愛する反逆者達のファンタジー

切羽詰まったモンターグは辞表を出すが、消防隊長がまぁまぁ最後に一仕事やってけと連れて行かれた先は自分の家w
泣く泣く自分の本を焼くモンターグだが、隊長に「ほーら見てごらん焼かれる本がまるで薔薇の花みたいだよー」と茶化されて(この人イヤミがいちいち的確だw)、キレて返り討ちに隊長をファイヤー!する。
殺人罪で未来警察に追われるモンターグは、同じく反社会罪で追われ者になったクラリスと、空飛ぶショッカー(映画で唯一のSFシーンだがすごくしょぼいw)の追撃をかわし、手を取り合い不思議な森へ逃げのびる。

そこは街を追われた本を愛する人々が細々と身を寄せ合って暮らす自由の森。
元の名前を捨てて愛する本の名前になり、本の中身を丸暗記して語り部となった、つまり自ら「生きる本」と化した人達の棲家だった。例えば「罪と罰」を読みたいなと思った時は、「罪と罰」さんの家へ行って語ってもらえば、本の形は消えても中身は残るという訳だ。
「生きる本」の皆さんがひっそり呟く本の声が森に木霊する中で、モンターグとクラリスは自分達も「生きる本」になろうと誓うのでした。

でもディケンズの小説にはまって嫁捨てた癖に、モンターグが「生きる本」に選んだのがなんでエドガー・アラン・ポーなんだよ。
と一言つっこみたい気もするが一応ジ・エンド。


★感想

まあ何ておインテリなファンタジー。
話の筋だけ追えば最後にチッと悪態ついて、「あーはいはいインテリインテリ。どーせ私はテレビ漬けのバカ体制派並みのセンスですよー」と呟きながら、とっととレンタルDVD袋に突っ込み返却したくなる内容ですが(我ながらひどい)、映像で観ると困った事に結構好みだ。

本家ヌーヴェルヴァーグの雄であるトリュフォー先生はアンチSFでメカ特撮大嫌い。
おまけに英語話せないのに何を思ったかオール英国ロケのSF映画を撮ってしまい、「アレもコレも思い通りにならなかったよー」と『カイエ・ドゥ・シネマ』誌で愚痴ったという、それならSF撮るなよ英語ちゃんと勉強しろよ!だからおフランス様はよぅ~!とツッコミ必至な女々しいエピソードを残されてますが、おかげで「メカ特撮大嫌い監督が作ったSF映画」らしいレトロフューチャーな不思議な味が出てます。

★真っ赤な消防車のショッカー軍団が可愛い

ゴダール先生の『アルファヴィル』がSFの癖にさびれた地方都市のようなくすんだ味わいある渋いレトロなら、
こちらはヨーロッパのどかな田舎町で大阪万博やってるような可愛いレトロ。
モノレールも走ってるしねw

小道具や衣装がレトロカワイイ
真っ赤な消防車に隊員が棒立ちで並んで、鐘の音をチリンチリン鳴らしながらご出動するのがすごい可愛い。
消防隊のショッカー制服もまた可愛い。コートなのに背中だけセーラー襟にしたり、キツネ?のキュートなブローチつけてたりやたら凝ってて可愛い。
ディック・ブルーナのキャラみたい。ミニチュアが欲しい。

街のデザインも可愛いしほんわか懐かしい。
こんなにほんわか可愛い街だと、ディストピアだけどむしろ暮らしたくなるぞw

あと可愛いのが街の人々のレトロ服。
バウハウス風レトロ+60S英国テイストが混じってて可愛い。特にクラリスの着てるスエードコート&青チェックミニスカが可愛い!あんなスエードコード欲しい欲しいー。
しかし可愛い事は「女子的には」いい事だがディストピアだろ?SFだろ?可愛いテイスト満開でいいのか?とも思わなくもないですが、まあどうでもいいです。可愛いは正義。

★しかしアクション演出がど下手すぎる

お嫌いな特撮は宣言通り、異様にちゃちい。
空飛ぶショッカーとか珍妙すぎて大笑いw
追われる緊張感ゼロの下手いアクション演出(撮影・演出とも名手監督同士の割に、アクションがほんとすげー下手だ)もあって、近未来ディストピア社会の恐怖はほぼゼロw『マッドマックス怒りのデスロード』の1億分の1の緊張感もスリルもド派手な爽快感もございませんw
これでいいのか?ディストピアSFの癖に?と首をひねります。

ニコラス・ローグ撮影は期待にたがわず美しい。
名物のめくるめくカットバックショットも、嫁がモンターグを誘うシーンや悪夢シーンでちょこっと披露してますが、上手い。きれい。
だが美しすぎて時に場面の緊張感を削いでいる。
秘密の図書館でお婆ちゃんが焼身自殺する極めてシビアなシーンなのに、延々と映るのは本が燃えて灰になる様子ばかりとか。
メインで見せるところが違うだろーよ!
愛する本が灰になる悲惨さを見せるつもりが、「燃える本ってマジで薔薇の花!すげー!」とかえって感動したりw
ホントに薔薇の花みたいに綺麗に燃えてる。ちょっと自分も本燃やしてみよっかなー?と思うではないかw

個々で見れば、「無駄に力入れて綺麗なシーン」と「力入れなきゃダメなのに手抜きまくりのシーン」がチグハグで、SFディストピア作品としては明らかにダメダメ映画の部類なんだが、ファンタジー映画と考えるとなんか、良いです。

★ファンタジックなラストだけど、気になる木

多分トリュフォー先生もディストピア社会のリアリティゼロ描写やいい加減なSF設定や演出のチグハグさはどーでも良くて、「20世紀映像文化の中で失われゆく書物と書物への愛を詩的にファンタジーに描きたい」(しかもわざわざ映像でそれを描くというw)から『華氏451』を映画化したのでしょう。

ラストの「生きる本」シーンは演出撮影とも素晴らしくファンタジックで、嫌いなおインテリ話なのに感動しました。
映画史上の詩的な名ラストといえばタルコフスキーの『ノスタルジア』ですが、それ系が好きな方はたまらない映像詩です。
ゴダール先生『アルファヴィル』のツッコミ満載へっぽこラストと大違いで(いや、あれはあれで大好きだがw)、素直におすすめです。
おわり。



と言いたかったが何だか気になる木。

本を愛する人々が「生きる本」となり口伝で本の内容を受け継いでゆく描写で、ご老人が自分の暗記した本を息子っぽい子供に教える場面があるんだが、もし息子が「ぼく違う本を覚えたいんだけど」と思った時はどうするの?「いや、その本ちょっと自分の趣味じゃなくて」と拒否する権利はあるんだろうか。
拒否権があったら本の伝承はそこで終わるし、拒否権が無いと共産主義の世襲制みたいな矛盾がある気がするし、そういう万が一の時のために録音してバックアップとかするのかね?

まぁ屁理屈なんだがw妙に気になる。
原作読んだら謎が晴れるんでしょうか。

(了)
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