No.163『ビリィ★ザ★キッドの新しい夜明け』

公開年:1986年
原案:高橋源一郎
監督:山川直人
脚本:高橋源一郎、山川直人
ジャンル:くっだらないが癖になるポストモダン新喜劇

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お久しぶり~に映画レビューを再開しました。
今回のテーマは日本文学。しかもポストモダン文学。

日本でポストモダン文学といえば、まぁ高橋源一郎ですよね。
その高橋源一郎の初期3部作をベースに高橋源一郎本人がネタを作った、ちょっと珍しい映画であります。

しかし高橋源一郎の小説を2、3ページめくってみた経験がある人ならわかると思いますが、よくこんなもんで映画の脚本書いて撮ってみようなんて無謀な真似したなとびっくりします。
めちゃくちゃハードル高いじゃねーかw
日本文学を映画化した作品の中で冒険しました度ナンバーワンじゃないかと思う。

映画ジャンルとしては前衛で難解。でもなんかどこかお懐かしい匂いがするような。
最初と最後のシーン以外はすべてワンセットで押し通す、三谷幸喜映画以上に舞台劇。セリフは高橋源一郎文学乱れ打ち。なんだけど終わってみればなんだかすごく映画的?
まぁ面白いと思えるかどうかは別にしてw不思議と愛すべき作品。お試しに観てみてください。

★予告編



映画の宣伝の癖にどういうあらすじの映画か説明する気まるで無しw
踏み絵にならない踏み絵っぷりが潔い、いかにもポストモダンな予告CM。

★あらすじ(青字はネタバレあり

舞台は西部劇でおなじみアメリカ・モニュメントバレーのど真ん中。
早撃ち自慢のガンマン小僧、ビリー・ザ・キッド(三上博史)がアルバイトニュースの用心棒募集広告を見て荒野の一軒家カフェバー「スローターハウス」を訪れるところから話は始まる。

そこは天井で扇風機が回ってるいかにもバブル時代なインテリアなんだが、そんな当時基準で「おしゃれ」なカフェバーのマスターやってるのが何故か強面の石橋蓮司
マスターはモニュメントバレー一帯で狼藉三昧なならず者集団「ギャングたち」の襲来からカフェバーを守るべく用心棒募集をかけたんだが、ビリーが来る前にすでに6人が採用されていた。

★第1章 さようなら、ギャングたち~めんどくさい用心棒

って事で、♪ちゃらら~とポップで軽~い紙芝居(ナレーション:三宅裕司)で6人の用心棒のプロフィールが紹介される。

無口な剣の達人宮本武蔵(内藤剛志)。
嫁とラブラブなサンダース軍曹(加藤善博)。
ふりふりウェイトレスワンピの詩人中島みゆき(室井滋)。
超能力使いの電話番号案内人104(ラサール石井)。ちなみに親友は天気案内人の177。
紫のクラシックコート姿が紳士な合体人間マルクス・エンゲルス(戸浦六宏)。

もうこの時点でDVDの停止ボタンをそっと押したくなるくらい、すがすがしくバカバカしい面子ですねw

1人は合体してんだから実質5人じゃね?しかもまともに戦えそうなの2人かよ?なんで室井滋が中島みゆき?マルクス・エンゲルスの武器って何だよ共産資本党宣言とか?などとつっこんじゃいけません。
だってポストモダンですしw

なのでマスターから「用心棒の手は足りている」と一度は断られるが、実はロリコンのビリーはマスターの愛娘のハーフ美少女テイタムちゃん(オーラ・ラニ)に一目ぼれ。何としてでも雇ってほしいと食い下がり、ホール係の仕事をゲットする。
で、ビリーを合わせて7人の用心棒は、昼はバイトして夜はカフェバーで寝泊まりしながら「ギャングたち」の襲来を待ち続ける。
つまり『七人の侍』パターンですが、ここからの話がまぁひどい。

7人の用心棒ははこのままクライマックス直前まで仲良くバイトしてるだけなんである。

★第2章 虹の彼方に~さらにめんどくさいお客様たち

しかしメインキャストがバイト仕事じゃ映画にならないんで、カフェバーには「客になりすましたギャング」かもしれない、いかにもあっやしーい客が次々と訪れる。

どこからともなく吹く風に長髪をなびかせて現れ、ささやきボイスで「3か月に一度自分の歯ぎしりで目が覚める」と語りながらタバスコを愛好する美女OLシャーロット・ランプリング(真行寺君枝)。
トレンチコート&丸メガネの競馬大好き強面刑事、ハリー・キャラハン警部(原田芳雄)と部下のおとぼけ巡査(神戸浩)。
編み物好きなかわいいおばあちゃん未亡人のミスマープル(北村谷栄)。

その他ブレジネフ大統領(浅葉克己)やアル・カポネ(細川俊之)やナチスSS隊員やハリマオやセーラーズの服(80年代に原宿で流行ったらしい)着たねーちゃんや近所のうわさ好きオバハン(木内みどり)や雑誌『ポパイ』が擬人化した男(なんと日比野克彦)や栗本信一郎や高橋源一郎ご本人などなど、ポストモダンのポップな記号に扮した人々が素人玄人ごちゃまぜで来店しては、競馬の話だのいい女トークだの死んだ旦那の話だの愛娘のおのろけ(これはマスターかw)をフリーダムに語りまくる。
さらに客のネタの合間に、用心棒もサンダース軍曹&妻の愛妻弁当ネタとか中島みゆきが待ちつづける彼氏の話とか、小ネタをポンポンぶっこんでくる。
つまり「ギャングに襲われようとしてるカフェバー」話の中に登場人物の一人芝居の劇中劇が傍若無人に入り乱れる、メタ文学映画な構造になっているのです。

ちなみに時々やったら長台詞を駆使してしゃべりまくる登場人物のセリフは、初期三部作からカットアップされたものである。もちろんセリフの中身が原作と関連付けれないよう、念入りに「意味なく」散りばめてある。
カフェバーの店名もカート・ヴォガネットの『スローターハウス5』の引用だし、ゼルダはバンド名とフィッツジェラルドの嫁のダブルミーニングかけてるし、きっちり「ポストモダン文学の映画化」にふさわしい流儀を踏んではいます。

しかしバーの入口から怪しい客がスポットライト浴びて登場して、意味ありそうで全然意味ない難解決めセリフをしゃべる芝居の空気感ときたら、うーんどうだろう。
ゴダール先生の影響は大きく受けてるけどその手のお芸術な空気でもないし、タランティーノ映画の「アメリカンダイナーの片隅で与太話」ぽいけどちょっと違う。いやむしろ、
関西人には週末午後のテレビ中継でお馴染みの吉本新喜劇で、劇中に看板役者が入れ替わり立ち替わり現れてボケてボケてボケまくる感じに極めて近いw

もちろんビリィ君がハリセン持ってしばきもしなけりゃ全員がずっこけもしないんだが、何だよこの鉄板ボケネタ大喜利大会な空気はw
いいのかよポストモダン文学がこれで。

★第3章 ジョン・レノンvs火星人~イエス・キリストと金子光晴マニア

次の日カフェバーはヒマだった。
よって用心棒メンバー達はだらだらしてる。

それでも新キャラがポツポツ来店してて、宮本武蔵を訪ねて親友の佐々木小次郎(鮎川誠)がやって来たり、テイタムちゃんの彼氏(なつかしの消臭力CMミゲル君を思い出すルックスの少年)が来てイヤ~な会話を交わしたりする。
鮎川誠の佐々木小次郎コスプレがなかなか似合う。若干桃太郎入ってるけどw
さらには超大物、イエス・キリスト(山口晃史)までご来店
しかし自称「金子光晴の詩に登場するイエス・キリスト」さんが金子光晴マニアの牧師と延々とマニアックなボケ漫才を交わす映画ってありかよw
でも結構この漫才は面白い。

そして閉店後、用心棒達はみんなでメインイベント(だったっけ?)の、ゼルダのライブ会場準備にとりかかる。
意外とアーティストだったサンダース軍曹が壁に絵描いてお披露目会♪
シャンパンで前夜祝いしてゆる~くダンパ♪
ビリィ君と中島みゆきが無邪気に踊る姿を見て、マスターやマルクス・エンゲルスがバーカウンターで微笑む。
ほのぼのですねー。って『七人の侍』は一体どこへ行ったよ。

★第4章 ビリィ・ザ・キッドの新しい夜明け~っていうかほんとに来るんかい!

映画はいよいよクライマックス、ライブ当日を迎える。
でもクライマックスってもなぁ。ずっとの~んびり脱線ばかりしてるんだが。

村一番のイベントとあってカフェバーに続々と客が訪れる。
シャーロットランプリングはラメのロングニットワンピで一層麗しくご登場し、104を訪ねて親友のお天気予報男177(郷田ほずみ)もやって来る。
というか177はなんでアロハにグラサンのチャラ男キャラなんだw「いや~砂漠に雨降らすのってキツイっすね~」て鉄板ギャグはそれでいいのかw
一同そろって盛況なところへ、いかにも80年代ギャルバンなルックスのゼルダが登場。主題歌『黄金の時間』を歌い、ライブは盛り上がり大成功!

…とほとんどの登場人物が最初の目的をすっかり忘れてワーイワーイした瞬間、満を持して最後の客がやって来る。
しかもド派手にハーレーダビッドソンでカフェバーの天井ブチ破ってご登場!
中島みゆきが待ち続けていた彼氏であり砂漠のギャング、ブルース・スプリングスティーン(塩野谷正幸)である。


っていうかおいおい!ほんとにギャング来るんかい!
なんて律義なんだ。
あんまりだらだらゆる~いんで「ゴドーを待ちながらパターンでした~」か「実は全員ギャングでした~」で茶を濁すオチだと思ってたよw

あまりに唐突なギャング登場に全員があっけに取られた隙に、ハリー・キャラハン警部、シャーロット・ランプリング、ブレジネフ大統領が「実は俺達もギャングだぁ!」と正体を明かして武装蜂起する。

こっちはやっぱりねーな展開。原田芳雄なんて大物がただの刑事役で終わる訳がないんだが。
ともあれギャングと用心棒7人、そしてどこからか来た機動隊が入り乱れてバトルに突入する。

が、しかし。
こんな映画の戦闘シーンが普通に進むはずがなく。
どこからかTVクルーが来て生中継を始めるわ、塩野谷ブルース&室井滋みゆきはハーレーにまたがって「俺達のマフィアと愛の日々」を語るわ、真行寺ランプリングがATG映画ばりに熱く大演説を始めるわ、やっぱり脱線し放題。
石橋蓮司vs原田芳雄って「おおお!」な対決も2人がボケてボケ倒す始末w
でも拳銃早撃ちに刀に念力が入り乱れ、落下しながらマシンガンの回り撃ちなんて大技も出て、ギャングも用心棒も片っ端から死にまくる。
104が死んでアロハチャラ男177が男の涙雨降らすのが何気に泣ける。

ゆる~い割に終わってみれば壮絶なバトルでバーはぶっ壊れ、生き残ったのはビリィ君・マスター・中島みゆきのたった3名だった。
結局カフェバーを守れなかった無念を抱きつつ、マスターといずれ再開しようと約束をしたビリィ君は、次のアルバイト先を探してモニュメントバレーへ消えていくのであった。終わり。


★感想

まず初めに冷静な感想から。
設定がポストモダン臭くて脱力するばかりですが、前回紹介した『ドレミファ娘の血が騒ぐ』よりは昭和の映研臭さ満載がなく、映画としてちゃんと観れます。

でも自分であらすじ書いて言うのも何だが、このあらすじ読んで「この映画面白そう!観たい!」と思いますかねw
ポストモダンが有難がられてた昭和末期ならともかく、平成29年の今どきに。
古今東西の著名人がゆる~くチャラく出会うノリは、AUの三太郎CMとかトヨタのドラえもんCMに似てる。
ゴダールぽくもあり、タランティーノぽくもあり(むしろ1986年の映画でタランティーノぽいって凄い!とは思うけど)、なのにベッタベタな吉本新喜劇。
難解でフリーダムで珍しい映画には違いないんだが、パーツ自体は「どこかで見たような」空気に満ちていて古くさい。「今どきコレ見て『すごい!ブッ飛んでる!』と面白がれる人いるんだろうか」と正直思わざるをえない。しょうがないですけど。

じゃあ観る価値無いんじゃ。と言われそうだがそれが不思議なもんで、観てるうちに「めちゃめちゃ面白い訳じゃないが、なんかいい」と心地良くなってしまうんです。

★高橋源一郎のロマンチックなセリフにベテラン俳優が苦労する

ではどこが「なんかいい」のか?といいますと、意外な事ですがセリフがすごくいい。
小説の一部を意味なくカットアップしただけなんですが、腹立つことに地の小説文自体がすごくロマンチックで綺麗役者の演技を通して聞くとえっ、凄い!ってなる。言葉遣いがキラキラしてる
高橋源一郎って小説家としてすごいんだなー、とマジで感心してしまいました。

最初は意味がわかりませんでした、なんでこんな軽ーいポストモダン映画に原田芳雄や石橋蓮司が出てるんだろう?って。
なるほど高橋源一郎の素敵過ぎて歯ごたえ満点な長台詞をこなすには、それなり以上に腕の立つ俳優でないと厳しいという判断だったんですね。

しかし面白いのが、原田芳雄や石橋蓮司クラスのガチ名優があからさまに台詞回しに苦労してるw
特に原田芳雄w珍しく「俺どうしたらいいかわからへん」と顔に出てるw
本当に撮影現場ですごく困ってたそうですが、まぁ気持ちはよく分かるw
今では「サブカル映画っぽい空気出して台詞を言う演技」はそれこそタランティーノ映画とかで学習してみんな普通に台詞をしゃべりますが、1986年当時はポストモダン文学なんて未踏の秘境みたいなもん。(当時)最先端の純文学なセリフを意味なくゆる~くチャラく、でもコントになりすぎないギリギリのラインで、ロマンチックにしゃべんないといけない。昭和の映画ドラマ演劇メソッドにそんなもんの処理方法など無かったんでしょう。
そういう意味では、ベテラン名優から駆け出し俳優までが「一度も演った事ないポストモダン演技」という同じスタートラインに立ってあがいてる姿が観れて、意地悪いが面白かったです。

で、ポストモダン演技バトルを制したのは誰かというと、ミスマープル北村谷栄の「死んだ旦那の話」。断トツ上手い!ばーさんが茶飲み話しゃべってるだけなのにキラキラしたマイワールドが出来ていた。ミスマープルのシーンはカメラワークも良かった。
塩野谷ブルースと真行寺ランプリングもかなり頑張ってました。ロマンチック度抜群でした。
ちなみに神戸浩独特の「神戸ちゃんしゃべり」も観れる。結構芸歴長かったんですね。

★バブルなカフェバーの構造を活用した映画的舞台劇

(続きを更新中・・・)

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