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No.040『田園に死す』

製作年:1974年
原作:寺山修司
監督:寺山修司
脚本:寺山修司
ジャンル:アングラメケメケ成分たっぷり半自伝映画

040.jpg

2013年は寺山修司没後30周年のテラヤマイヤー。

うめめちは寺山修司をリアルタイムで知らない世代ですが、仕事関係界隈に好きな人がぼちぼちいて、そういう人達の間じゃテラヤマ企画はそれなりに賑わってますが、世間一般はどうなんでしょ?
と思ってたらフツーのゆる系雑貨カフェの本コーナーで、フツーな中高生が寺山修司の文庫本を熱心に立ち読みしてるのを見た。
すでに教科書に載ってるし夏休み推薦図書の常連だし、このまま昭和の文豪化されちゃうのかな。うそぉ。
アングラサブカルも100年経てば偉人ってか。
日本の文化の本流とか良識って何なのかな。

よく分かんないがそれはさておき、寺山修司の短歌と俳句と映画が好きだ。力石徹の葬式するイベント?感覚はアレだが。
他の同時代作家みたいに左巻きな全共闘理論とかしないし、小難しい割に平成世代でも世界観に入りやすい。
映画はザ・昭和メケメケアングラ!な部分と、シュールコントじゃねーか!って笑える部分と、ピュアでロマンチックな部分が混じりあう、バリバリ昭和日本だけど国籍不明でもある摩訶不思議な世界です。
他のアングラ作家と同じようで何かが違う。映像センスをパクった人が一杯いたのもうなづけるw
昭和アングラに興味が無くても「どこかのCMや誰かのミュージックビデオで見たような」感が味わえますので、見た事なければ一度はどうぞ。
★予告編



ザ・寺山ワールド!踏み絵にどうぞ。
原田芳雄の太股はちょっと萌える。

★あらすじ(青字はネタバレあり)

舞台は青森県下北半島の恐山の麓の村。
関西育ちの私は東北の地理に極めて疎いため、「下北半島は青森県のクワガタの右のツノ」と位置関係を覚えている。映画に全然関係ないですねすみません。
恐山の麓ですから地縁と血縁と古い因習が根強く残る場所っぽく、ババアが黒装束に眼帯姿のタモリシスターズ風という、おどろおどろしいファッションセンスの村である。

そんな村に住んでいる白塗り学生服男子が主人公。名前は「シンちゃん」(高野浩幸)、小柄で可愛い15歳。皮かむりで毛が生えてないのが気になるお年頃。
父親は戦死してオカン(高山千草)と2人暮らし。趣味は恐山で父親の霊とお話すること。暗ぇ。
オカンに毎日溺愛され束縛されている。
将来の夢はそんなオカンを捨てて家出すること。

シンちゃんは村の地主のご本家に嫁いできた美人嫁(八千草薫)に淡い恋心を抱いてる。
八千草薫は若妻と呼ぶにはトウが立ってますが、黒の羽織とミント色の着物姿が夢見るようにお綺麗。
しかし美人嫁はご本家一族から嫁いびりに遭っており、村の閉鎖的な体質も肌に合わず悩んでいて、シンちゃんに「駆け落ちしよう」と提案する。
こんな人妻が悩んでたら、そりゃ男なら手助けしてまうやろ。憧れの女と一緒に家出できてシンちゃん大喜び。
村を捨てることを決意した2人は深夜に人目を忍んで家出し、汽車に乗ってどこか目指して旅立つ…

という純情少年と薄幸嫁のラブストーリーを軸に、父なし子を産む健気な村娘(新高恵子)や村に巡回公演に来た妖しいサーカス団の生活、見世物女の「空気女」(春川ますみ)の恋模様、といったサイドストーリーが挟み込まれるお話です。
寺山修司が自身の故郷を詠んだ歌集『田園に死す』を原作とした、半自伝映画だそうだ。

前半は寺山修司らしいアングラガジェットがいっぱいで圧倒されます。
虹色セロファンを重ねたようなキラキラ輝く映像。面妖レトロなサーカス団の衣裳を着た天井桟敷の役者達は動く前衛オブジェ。
これぞ昭和アングラ!な恐ろしいメケメケ映像が立て続けに展開しますが、一方でノスタルジックでせつなく、胸キュンシーンもある。

★しかし寺山修司ですから簡単に話は進まない

いいなあ寺山修司。
こんなファンタジックな少年時代を過ごしたら天才詩人にもなるわ。
と溜息つきますが、ところがアングラってのはそんなに簡単じゃない。

この映画は「寺山修司の半自伝的映画」とか「自伝的要素が強い」という肩書と一緒に紹介される事が多いんで、青森出身者以外のたいがいの人が誤解しますが、寺山修司は弘前市生まれの三沢市育ち。クワガタでいうとツノの根元にある都市部だ。
15歳の時は県庁所在地の青森市に住んでて太宰治も卒業した名門・青森高校の1年生。
父は確かに戦死していたが、母は米軍三沢基地で働いてたんて、実際は母子は離れて暮らしていた。

恐山の麓の田舎村も母子家庭も溺愛も駆け落ちも寺山氏の半生のどこにもないよ。
なんだってー!この嘘つきー!!


だって寺山修司は「過去は捏造できる」と日頃からのたまう確信犯の嘘つきだ。
「私は走る汽車の中で生まれた」なんて生誕シーンからして嘘っぱちだらけの自伝を出し、一人っ子の癖に『弟』を詠んだ歌を歌集に入れ、生年月日も出生地も言う度に変わるという詐欺師みたいな自己紹介を平気で口にして、10㎝のシークレットブーツを常用する人だ。

彼の嘘っぱちに一瞬でも信じてロマンチックに胸キュンした昔の私はバカだった。
ええ、見事に信じちゃいましたよっと。語り口が見事すぎてうっかり信者になっちゃったよっと。この野郎畜生テラヤマぁー!
そんな想いを持つ観客が少なくなかったのかどうか知らないが、前半の恐山胸キュン少年物語の雰囲気は、後半の「ネタバレ編」で一転する。

★昭和アングラ映画界屈指の伝説シーン。川からアイツが流れてくる

後半スタート。
直後に画面がブラックアウト。

場面が変わるとそこは1970年代新宿の映画試写室。
「素晴らしかったよ」
「君がこんな少年時代を過ごしてたなんて」
スタッフや評論家達が口々に35歳の映画監督(菅貫太郎)をほめたたえる。
あのノスタルジックな胸キュン世界は、彼の少年時代を描いた製作中の自伝映画のワンシーンだった。

だが監督は映画の続きをどうするか悩んでいた。
映画の世界が美しくノスタルジックであるほど、それは自分の過去の純粋な再現じゃなく「自分の過去を厚化粧して見世物化したシロモノ」に過ぎないんじゃなかろうかと。
しかし彼の映画をほめた評論家(木村功)は「過去を虚構の芸術に昇華することで君は過去から自由になれるんだ」と慰め、ついでに意味深な謎かけを出す。
「もし君がタイムマシンで数百年前にさかのぼり、君の三代前のおばあさんを殺したとしたら、今の君はいなくなると思うか」
この討論の下りは昭和ATGっぽい展開ですね。

監督が悩みながら製作スタジオに戻ると、少年シンちゃんが駆け落ちした格好で待っていた。
そりゃー映画の主演子役・高野浩幸が映画スタジオで監督と出会っても何の不思議もないんだが、不意に『虚構の過去の自分』と出くわした監督は動揺して、「すみません。実は俺の過去、少々盛ってました」と自白する。

話はふたたび恐山。
三上寛の渋ーい哀愁ブルース弾き語りをBGMに、胸キュン村に隠された陰惨な真実が語られる。

おどろしくも美しい村は本当に陰湿な村だった。
妖しいサーカス団の正体は変態変質者の集団だった。
村娘が産んだ父なし子は奇形児。村人に可愛がられるどころかいじめられ、間引きせぇ!と責められた娘は川へ行き、生まれたばかりの赤ん坊を泣きながら流す。
『田園に死す』伝説のひな流しシーンである。

新高恵子が冷たい川に入り、流される赤子を見送りながら泣き叫んでると、音楽がぐわぁーと盛り上がり、突然川の上流からアイツが流れてくる。

denen.jpg

7段フルセットのひな人形。

だってすげーよ!
見た目流れが速そうな川なのに、人形もぼんぼりも揺れも倒れもせずだーっと流れてくるんだよ!
どっから見てもシュールコントだろ!

★うるわしの八千草薫は男の股に顔うずめ

畳みかけるようにシンちゃん駆け落ち事件の真実も語られる。
実は追いすがるオカンを振り切り家出したものの、待ち合わせ場所に八千草嫁はいなかった。
それどころか、あちこち探して辿りついた着いたボロ小屋で、なんと共産党員の男(原田芳雄)の股間に顔を埋めているではないか。まぁ!

男は八千草嫁がご本家に嫁ぐ前からの恋人だった。
ここで嫁が「自分のひどかった過去の告白タイム」に入る。
要約すれば貧乏出身女の身売り話で、客に抱かれながら死んだ母さんを思い出し「母さん、生き返ってもう一度私を産んで」と心で叫ぶとか、それはもう陰惨一色。
八千草薫の訥々としたど下手な語りが逆に無口な東北娘っぽく聞こえて胸に迫る。

駆け落ちは失敗するし暗い過去話聞かされるし、朝っぱらからシンちゃん大ショック。
しかもとどめを刺すように嫁と男は心中する。

…とまぁ「盛ってない」悲惨話が出るわ出るわ。
しかも真実を出すほど菅貫太郎監督は混乱して、映画は摩訶不思議シュールにぶっ飛んでゆく。
映画監督が映画の中に入りこんじゃって田んぼのど真ん中で将棋打ちながら問答するわ、その背後で天井桟敷の役者たちが喧嘩するわ散髪するわセックスするわ、三上寛がいきなり自分の生い立ち語り始めるわ映画観てる客に向かって恫喝するわ、巨大マッチ箱や女郎箱が流れて来るわ。
家出した少年を探すオカンのところへ白塗り少年が10人くらい増殖して♪死んでくださ~いお母さん~♪と合唱するし。
しかし息子に「死んでくれ」と歌われるし、娘に「もう一度私を産んで」と言われるし、日本のオカンも大変だ。

なんかもうあっちこっち話が飛び過ぎてフリーダムすぎて、後半はぼーっと画面を眺めるのみ。
一体どんなオチで話を畳む気なのか全く読めなかったが、さすが日本映画史に残る前衛問題作。映画はラストで怒涛の展開を見せ、衝撃の大ネタ2連パンチを繰り出す。

★少年は童貞を奪われ、中年男は土壇場でちゃぶ台をひっくり返せず

評論家の謎かけに触発されて「15歳と35歳の私が共謀してオカン殺害を試みる」という無謀シュールな結論に達した映画監督は、家の物置から凶器持ってこいとシンちゃんに命令する。

でもシンちゃんは途中で謎の女に呼び止められる。
正体は、子供川流しのあと行方不明になって「都会でホステスになりました」風に変身した黒いロングドレス姿の元・村娘、新高恵子だった。
なんで急に人生経験積んでるんだ。タイムスリップしてきたのか?

彼女は「ひさしぶりに村の話とか聞きたいわ」と誘ってシンちゃんをお寺の本堂に連れ込むと、ドレスを脱いで全裸になる。
ひぃー!と怯えてシンちゃんは抵抗するが敵わない。学生服をむんずとつかまれ上から剥がされ、ベルトに指かけてズボンもパンツも全部剥がされる。
丸裸にむかれたシンちゃんの体に、都会で肉食女子と化した娘の体がのしかかる。

バリバリ15歳少年への強姦シーン(全裸ボカシあり)なんだが。
いいのかこれ…


童貞を失ったシンちゃんが元・村娘とどこかへ逃げてしまったので、映画監督は自分の手でオカンを殺すはめになった。
凶器を手に過去の世界に入り懐かしの我が家の扉を開けると、オカンは中年男が押し入ってるのに不思議と動じず、「シンちゃん。どこ行ってたの」と普通に出迎え、晩メシを食べろとせかして座らせる。
映画監督は飯を食べ始める。どこでちゃぶ台引っくり返してオカンを殺せるだろうか、とタイミングを計りながら。

「どこからでもやり直しはきくだろう。母だけでなく私でさえ、私自身が作り出した一片の物語の主人公にすぎないのだから」
と映画監督がつぶやく。うんまぁね。
「そしてこれはたかが映画なのだから」
そうだね。
「たかが映画の中でさえたった一人の母も殺せない私自身とは、一体誰なのだ」
は?

「生年月日、昭和49年12月10日。本籍地、東京都新宿区新宿、字恐山!」
と菅貫太郎がつぶやいた途端。
家の壁がバッターンと倒れる。
『進め!電波少年』とかのバラエティ番組の企画もののゴールで使われたアレである。

壁の外は真っ昼間の新宿ど真ん中アルタ前。
70年代だからオーロラビジョンは無いけれど、通行人が一杯いて混んでるいつもの新宿の風景だ。
信号待ちの人に混じって少年シンちゃんがこっちを見てる。サーカス団も村娘もみんないる。でも彼らは青信号で横断歩道を渡り、ひとり、またひとり姿を消す。

登場人物が消えて映画の世界に残ったのはふたりだけ。
新宿のど真ん中で通行人に見られながらごはん食べる35歳男性と、一緒に黙々とごはん食べる白塗りオカン。
映画監督が作った『過去』が消えた後には、母から逃れられない息子という『現在』しか残ってないのでありました。おわり。


★感想

………。
………。
………!!!

初めて見たときは目玉ボーンでした。
話があちこち飛ぶ割にあらすじは(他の前衛に比べて)まだ理解しやすく、オチの意味はわかりすぎるくらいよくわかったが、頭が真っ白になった。

大オチは一本取られましたーって感じ。
メチャクチャな後半の謎展開に、これだけ鮮やかにオチつけると思わなんだ。

俳優陣で印象深いのはやっぱり衝撃のシンちゃん。
色々と頑張らせすぎだろ。ムチャさせすぎだろ。
役は中学生だが、高野浩幸君はなんと当時13歳!「バロム1」などの特撮ドラマの主人公や、大河ドラマにも出た人気子役だったと後で知った。
ダウンタウンが昔よくネタにしてたクチビルゲってバロム1の怪獣だったのかー。なるほどー。

しかし、って事は今で考えるとコドモ店長や福くんがやられるってこと?
よく役を引き受けたなあ。平成じゃ100%ありえないねー。
原田芳雄が煙草吸わせてるシーンもなかったか?昔は青少年健全育成条例が無かったのか?
ATGやりたい放題っすね。

★キュートが気になる菅貫太郎の木

全編メケメケなぶっ飛び映像とどいつもこいつも濃い俳優陣の中で、狂言回しな立場だった菅貫太郎がナイス配役。

時代劇やドラマの悪役が十八番で、ATG系映画ではあまり見ない役者さんですが(しかも主役はこれ1本)、悪役のオーバーアクトを抑えた彼はアンニュイで実にいい雰囲気してる。
態度はふてぶてしいが目がおどおどしてて小動物みたいでキュート。タートルネックによれたトレンチを羽織ったくたびれた佇まいが素敵ぃ。
全共闘崩れの無頼青年とか似合いそうなのに、もっと文芸芸術方面の映画で起用されても似合うひとだったのになぁ。もっとこういう姿が観たかった。残念なり。

(了)
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