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No.060『ひなぎく』

製作年:1966年
監督:ヴェラ・ヒティロヴァ
脚本:ヴェラ・ヒティロヴァ
ジャンル:前衛ガーリーグルメムービー

60.jpg

サブカル女子が愛するガーリームービーにもいろいろ系統がありまして、「女子好みのカワイイもので画面が埋まってる」基本テイストはどれも変わらないですが、話もゆるくてふんわり系と、話は結構毒舌だったりする系がある。

今回紹介する『ひなぎく』はガーリームービー業界では有名な作品。
『プラハ!』と同じ60年代チェコが舞台。
だけど『プラハ!』が「後の世からプラハの春をノスタルジックに振り返る」作品なのに対して、『ひなぎく』はリアル社会主義体制時の1966年製作。そのため話はかなり毒系です。
映画が原因で監督が弾圧されたとあって、気骨のある毒っぷりを見せてくれる。
ガーリームービー界の暴れん坊将軍と言ってよい。

★予告編



青文字女子狙い撃ちな予告。踏み絵にどうぞ。

★あらすじ(青字はネタバレあり

あらすじ、といってもちゃんとしたあらすじなど無い。
取り留めないイメージのコラージュで構成される、気合の入ったヌーヴェルヴァーグ系実験映画だ。

主人公は「マリエ」と名乗る謎の姉妹?コンビ。
頭にひなぎくの冠かぶった小悪魔系の子がマリエ姉(イトカ・チェルホヴァー)、
大柄でずんだれ体型の黒髪ツインテールの子がマリエ妹(イヴァナ・カルバノヴァー)のようだ。
都会のアパートの一室を超カワイく飾って住んで、働きもせず毎日自由気ままに暮らしてる。

ふたりの生い立ちとか背景はわからない。
ニートだが資金源の「パパ」も彼氏もいて、男で食いつないでる様子がうかがえるのだが、姉妹のガールズライフに男の匂いは薄い。

★野獣ガーリー姉妹の鉄壁胃腸

ふたりは冒頭で「悪いことをやってやる」と宣言し、連日連夜バカ騒ぎに明け暮れる。
レストランへ行けばリンゴを掴んでかじり食う。
肉は手づかみで食いちぎる。
こいつら大食い女王級に食欲ハンパない。
自分の皿で足りなきゃ隣のテーブルから奪って食う。パパの手にフォークぶっ刺し、煙草片手にバカ笑い。
夜遊びでクラブに行けばシャンパンの瓶ラッパ飲み。足りなきゃやっぱり他のテーブルから盗ってくる。
最後は店で大暴れして店員につまみだされる。

人目のある場所でこうだから家はもっとクレイジー。
雑誌の切り抜きや落書きで変質狂的に埋もれた部屋で、デコで卵を割り、椅子かついで踊り、牛乳風呂に入る。食べ物の写真の切り抜きを食う。
部屋に短冊吊るして燃やし、炎で薫製を作って食う。
そこまでして食いたいかー!

毎日食って飲んでりゃパパがいても金は足りない。
足りなきゃ金をパチり食い物をパチる。畑でトウモロコシや人参をもぎ、生でバリバリ食う。
どんだけ頑丈なんだこいつらの歯と胃腸。

★メインディッシュは爆食破壊フルコース

食欲魔人な姉妹の行きついた先は高級宴会場。
テーブルに並んだパーティー料理に2人は興奮オードブルからデザートまでフルコース、片っ端から食いまくる競食レースをはじめる。
丸鶏のローストを手で半分に割り、ももを食いちぎる。
ウェディングケーキも手でつかみ食い。

満腹になったところで暴れ始める。
食器は叩き割り、ウェディングケーキを投げ、テーブルにのぼりハイヒールで食い物踏んづけまくり。
脱いで下着1枚でテーブルダンスするわ、シャンデリアによじ登りブランコするわ、もうカオス。

悪行が見つかって川に突き落とされた2人は、何故か体に新聞紙を巻きつけ後片付けする。
テーブルクロスを敷き直し皿やグラスを置き直すが、割れた皿が元に戻るはずが無い。
作業を終えた2人はテーブルに寝転んで、「あたしたちハッピーね」と無意味に繰り返す。
マリエの片割れがふと「これってゲーム?」とツッコんだ瞬間に

上からシャンデリアが落ちてくる!

強烈にカタルシスなエンディング。


★感想

さて、映画の感想。
これがちょいと難しい。

ヴィジュアル面では文句無しにカワイイ。
後に量産されるガールズムービーのお手本と言える。
60年代レトロモードファッションも、金は無いのをセンスでカバーするDIYなインテリアも、女子心のツボをつく可愛さ。
特にワンピースがどれも可愛い。欲しい!
キュートだけど男目線のエロ度は欠けるとか、マリエ姉妹のルックスが正直ビミョーとか、棒読み演技なところもガールズムービーぽいw

でもカワイイ女子映画だけじゃない。
むしろ逆で「カワイイと思って観るな」と背後でヒティロヴァ監督がアジってる映画だ。
第一おいしそうでおしゃれなグルメシーンってガーリームービーの大事な要素なのに、姉妹の驚異の食い散らかしっぷりはガーリーじゃない。
ヒールで食い物踏み潰すなんてもってのほかだし。
自室をキュートに飾り頭にひなぎくの冠乗っける、ゆるふわ系女子がこれをやるんである。
ガール=カワイイの思想を破壊する気満々。

冒頭でチープなラッパとタイコの音に合わせて爆撃機が地上へ爆弾を落としまくる映像が流れる。
このシーン、後のマリエの話と全然リンクしない。
「なんだあれ?」と腑に落ちないで観てると、最後にマリエ達へシャンデリア爆弾が落とされ、「踏み潰されたサラダだけを可哀想と思わない人々にこの映画を捧げる」とテロップが現れる。
相当骨っぽい。

こういう武骨な思想が表に露わな社会派映画とガールズムービーのゆるふわカワイイ史観は、本来は水と油。100%合わない。
まして冷戦時代なんて無い21世紀に社会主義下のレジスタンス映画を観るなんて、よっぽどレトロ趣味でもなきゃ古くて観れないはずだ。

★映画に漂う女子普遍の哀しみ

のはずが、21世紀女子でも見れる普遍的要素が『ひなぎく』には確かにあるのです。
それって何だろう?
色々小難しく考えたけど結局シンプルに「マリエ達が哀しいから」かな、と結論づけてみた。

男社会から疎外される女子供の哀れさ、とか古いフェミニズムな主張はしたくないけど、社会から彼女達がハブられる様はただ哀しい。

どれだけ悪いことしても、誰もマリエ達を叱らない。
パパだって彼女達を叱らない。たぶん性的に楽しませてくれりゃいい。それだけの関係。
社会は彼女達を、叱るに値する人間だと思ってない。
社会で真面目に働いてる善良な人々は、彼女達を空気同然に扱っている。彼女達を見ないし聞かない。度が過ぎれば場からつまみだすだけ。

善良な人々を眺めながらマリエはつぶやく。
「誰も私達に気づかないわ。私達はいないのかしら」
時に「ダメ、ダメ、私達ダメ人間」と自己全否定する。
時に「私達生きてる!生きてる!」「私達ハッピー」と呪文みたいに繰り返して自己肯定してみる。
時に「真面目に働けば幸せになれる」とつぶやいて社会の良識におもねって労働してみる。
でもダメ。最後はあっけなく踏み潰される。

2人だけで閉じたカワイイ世界から2人は一生出れない。
カワイイ世界なんて社会は必要としてないからだ。
自分の世界丸ごと無視されて「いらないもの」と捨てられるって、耐えられないくらい哀しい。

この踏み潰された哀しみに共感する気持ちは冷戦時代の共産主義下だけじゃなく、今でも、どこでも、結構みんな持ってるんじゃないでしょうか。
だけら「ひなぎく」は冷戦の終わった21世紀でもカルトに愛される映画となったのではないかと思われます。

(了)
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